2007年3月31日土曜日

ジャッピーちゃんとの一日

今日極めていい天気だから、庭に出て、ちょっとじゃピーちゃんと遊んでみよう。3週間戻ったけど、庭にまだ出てなかった。こんな快適な庭なのに。
書斎からすぐ庭に出られる。ドアを開けたとっだん、ジャッピーちゃんが庭を飛び出して、あちこち走って、すごく興奮した。
私にとっては、子供と遊んで、外の自然な空気を一杯に吸って静かな雰囲気を楽しんでる。

いい香りなぁ~



こちもそちも走ってみよう

ママ、ベンジちゃんと遊んでもいい?
(いや、ベンジちゃん出ちゃだめわよ)

すごく疲れたよ

早く寝たほうがいいな。楽しい一日^^

2007年3月27日火曜日

家の書斎

家の書斎とは家の部屋の一つ。私にとってはこの部屋は一番大切な場所だ。毎日事務所に戻ったら、すぐそこに落ち着いて、真夜中過ぎまで仕事をする。家は大きいなのに、いつも書斎にいる。そこで過ごす時間が多いから、机と書棚だけじゃなくて、普段のリビングルームみたい。ソファとか、テレビとか、茶卓にも置いてる。言わなくても、そこはジャッピーちゃんと猫ちゃん達の部屋だ。書斎の中にトイレを付いてるけど、ジャッピーちゃんの私用トイレになってしまった。ソファの上はジャッピーちゃんとデンドンちゃんのベッドになって、私の机もみんなの遊び場所になってしまった。

仲がよくて一緒に寝よう

ママを邪魔しよう

ママの仕事を手伝いたいなの?

ベンジちゃんは椅子の上に座って、上からジャッピーちゃんを観察してる。

ジャッピーちゃんは私の椅子を占有されてる。

2007年3月24日土曜日

墓参りする

清明節というのは亡くなった先祖の墓参りに行くこと。それは中国人の伝統の習慣だ。日本は亡くなった家族の骨をみんな同じな墓に入れて、中国は骨を別々な墓に入れて、家族なのに、一緒に埋めない。だから、墓がバラバラして、参りのはちょっと大変なことだと思う。

その一方、さまざまな宗教的な形がある。例えば、キリスト教とか、仏教とか、道教とか・・・更に、死んだ人は焼かないで、そのまま埋葬されてもいい。焼いたのは箱ぐらいの小さい墓に入られて、焼かなかったのは大きいな墓になった。もし亡くなった先祖が3人以上、墓参りに行ったら、まるで一日を送られたと思う。

私にとっては、墓参りということは意味がないことだと思ってる。亡くなった人はもう死んじゃったのに、どうして墓に入れるのか?今死んだ人は多分おじいさんとおばあさん、またはおじさんとおばさん、多分上の世代だと思う。でも今の世代が、まだ感情があるから、毎年墓参りのは理解できる。でも次の世代はどうだろうか?感情もないし、会ったこともなかったかもしれない。だから、この世代を終わったら、次の世代が絶対に上の世代の先祖の墓参りに行かない。そして、あの墓はそのまま契約の終わりまで置いてしまう。

人間はちょっと可笑しい、生きてる家族を訪問したくないけど、人が死んだら、毎年墓参りに行く。一方、上の世代の墓参りに行かない後人も多い。そして、次世代は知らない先祖の墓を訪ねない。そうすると、墓とのことは必要だろうか。ただ古代からの伝統習慣だと思う。

亡くなった人の墓を訪ねて敬意を表す。でも敬意ということは心からのことだ、敬意があったら、墓を訪ねなくても敬意をもっているじゃないの。もし私が死んだら、何も要らない、ただ焼くだけて何も残したくない。この世にもう大満足だから、死んだら何も欲しくない。その上、後人を邪魔したくない。

道教の小さい墓、部屋の中に焼いた骨灰箱を一個一個並んで、「道士」たちが死者の冥福を祈る

焼かなかった死者の墓

山の一角の風景

2007年3月21日水曜日

おかしいホンコン人

一週間前から準備したプレゼンテーションがやっと終わった。ほっとした!
300人ぐらいの聞き手が大きなホールに静かに座ってた。ホールをザッと見回して、外人二人しかいなかった。みんなホンコン人と中国人だった。丸一日のセミナーでスピーカー10人が自社の製品を紹介した。私もスピーカーの一人だった。可笑しいことにスピーカー10人の中に9人も英語で発表した。
ホンコンでは、広東語を話してる人が多いと思ってたから、プレゼンテーションの資料を中国語で用意した。私は最後から2番目のスピーカーだから、前のスピーカーたちがみんな英語で発表したことにちょっとびっくりした。どうしてスピーカーたちが英語で発表したか??聞き手がみんなホンコン人なのに・・・
その一方で、スピーカーたちがホンコン人だから、英語の発音はあまり正しくなかった。そんな英語で発表したら、前の聞き手が本当に理解できるの?自分の話したいことをはっきり述べるの?ちょっと・・・

やっと、私の番、純広東語で皆さん広東語で発表してもよろしいですか、って、すぐにホールのみんなが拍手喝采しくれた。あ~広東語で発表したら、もっと受け入れるかもしれないな~と考えた。そして、30分の発表も広東語で続いて、聞き手も興味深くようにたくさん質問を限りなく繰り返した。大成功だった。

セミナーが終わってから、パートナーのおじさんに聞いてみて、どうしてホンコン人のスピーカー達みんな英語で発表したの?答えはこれがホンコンの文化だ。そうなの?可笑しいじゃないの??



またホンコンでの発表会があれば、ホンコンの文化を思わずに必ず広東語にしよう。

2007年3月17日土曜日

新しいマカオ

日本人の友人がホンコンに旅行して、ホンコンを案内してあげた。彼女はホンコンへ来たことがなかったから、あちこち連れて行ってあげたかった。でもただ2泊だけのお休みはちょっと急ぐと思った。だからこそ、一番有名な観光地だけへ連れて行ってあげた。ホンコンの一番有名なところがやっばりビクトリアピークという山頂だ。あそこはホンコンの全夜景が一望に見渡すことができる。運がよかったから山に登ったら、霧がなくなった。遠い場所も見られて、すごく綺麗だった。

「東方の珠」というホンコン

ピークの他に、有名な観光地は大佛というところ。こちらの大佛って政界で一番大きな銅製な仏像だそうだ。何年前も日本人の友人を連れて行ったけど、今の大佛というところはもっともっと観光地になった。

駐車場の隣にロープウェーで30分ぐらい頂上まで行った。このロープウェーが、去年末からだそうだ、私も乗ったことがなかった。残念ながら、今の季節は霧が深く、上に到着したら、大佛の顔もはっきり見えなかった。200ぐらいの階段を上って、上の空気が薄くなって、ちょっと息を吐き出す力が弱くなった。多分喘息になって、気管支の収縮してしまった。いつもの薬を吸ったら、すぐよくなった、写真を撮り続けた。

霧の中に山の上に上ってる

見えない大佛

そして、久しぶりなマカオへ行った。マカオって、ホンコンから船で1時間ぐらい。今のマカオがアメリカのラスベガスよりもっと綺麗になったそうだから、どのぐらい綺麗になったか自分の目で確かめてみたい。

本当だ、マカオに着いたら、ターミナルも綺麗だしビルも新しくなったに。新しいカジノがいっぱいある。幻なネオンが目が眩んで、本当にラスベガスより綺麗だ。前月ラスベガスで見たカジノはこちらにもほとんどある。今のマカオはなん年前より他の場所になってしまった。いいことのに・・・

にぎやかなマカオ

2007年3月15日木曜日

息が出ないほど忙しい

毎日毎晩パソコンの前休みなし仕事をしてる。会社三つの仕事がどうしても仕上げられない。多分いつもパソコンを打ってるから、左の肩がものすごく痛い。何年前こんな痛みもあったけど針治療をして、治ったと思ってた。今度はまた針治療を受けてみよう。

来週のプレゼンテーションはちっとも準備しなかった、ちょっと心配してる。でも、毎日の日程でもスケジュールをして、スケジュールの時間がたどれるなら、大丈夫だと思う。

その上、うちに猫ちゃん3匹いるから、いつでも猫の手を借りられる。問題ないよね。^^


うちの猫ちゃん達をご紹介します。
金ちゃん(15才)

デンドンちゃん(13才)

ベンジちゃん(3才)

2007年3月12日月曜日

自己の世界

ホンコンに帰ってから、一人でいることはぜんぜんなくなる。毎日も人にあって、たくさん話して、どうしても静かに過ごせない。日本での一人暮らしの生活がなんて懐かしいなあ。多分他人と一緒にいるよりも一人でいることを好むかもしれない。誰だって時々一人になる必要があるじゃないか?


一人でいることはないときはどうするの?我慢しなければならないの?我慢することは私にとっては解決することじゃない。我慢って、好きじゃないけど何も話さないし、何の意見も述べないし、ただ表面だけ大丈夫なように見える顔。できる限り我慢できないまで我慢するか?その人生は、誰のためでしょうか?


人生がもっと意味になりたいから、我慢することの考え方をちょっと変更して、一人でいることはなくても一人でいることを考える。そして、前の映像も見えないし、声も聞こえない。すると、自分しか知らない。自分の周囲しか感覚できない。完全に自己の世界に生きてる。いいじゃないか。^^

2007年3月10日土曜日

例年のディナー

昨夜仕事を終わってから、会社の全スタッフもTsimshatsuiのレストランに移動して、例年のディナーとのことだ。

この例年のディナーは、毎年の年末に行うはずだけど、去年の年末時私がホンコンに戻らなかったから、去年の例年ディナーが今までに行ってしまった。

今回のディナーパーティーは、全スタッフ以外、アメリカからのお客さん4人も参加した。全員百名ぐらい。そのイタリアレストランの全階を貸して、みんなも大いに楽しんだ。

スタッフを励ますようにスピーチをあげる

2007年3月7日水曜日

仕事を始める

疲れたけど会社へ行かなくちゃ。スタッフみんな会社に「開工利是」を待ってるから。「開工利是」って中国新年のお休みが終わったら最初の出勤の日、社長から社員にお年玉を上げること。一年半ぶりの事務所は何となくなじみのない。見知らぬ顔の新社員もなん人いる。

椅子を座ったと机の上にたくさん書類などをうず高く積んで、仕事をため込んでしまう。

ホンコンに戻ったら、もはや夢ではなくなる。必ず現実にならなくちゃと思う。これから落ち着いて頑張ろう。でも、とう忙しくてもさらに日本語の勉強を続けるようにする。

2007年3月4日日曜日

結局ホンコン

ゆうべホンコンに着いたばかり。ものすごく疲れた。
家に入ったと、ジャッピーちゃん、ベンジちゃん、デンドンちゃん、キンちゃんみんな外に出て、私をお迎えしてた。
親しい部屋はなにも変わってない。同じな場所に同じなものを置いてる。私にとってはまるで昨日のようだ。でも同じな鏡を見るとなんかおばあさんになった顔が見えた。どうしてまたホンコンへ帰ったのか・・・

ジャッピーちゃんはまたすごく元気、いつも猫ちゃんを追っかけてるんだ。でも毛がよく伸びて、目も隠され、大きな部屋の中を走り回ってうろちょろして、楽しそうだった。

日本から送った荷物が私より早く到着したから、丸一日一気に片付けて、早く普通な生活になりたいと思ってた。