2011年11月26日土曜日

你懂得去愛嗎の3﹣專重

專重不只是夫妻男女之間的事,是可以應用於父母,子女,兄弟,朋友。有了這份專重對父母的愛,對子女的愛,兄弟甚至朋友,包括男女朋友的關係便來得自然。

尊重分三大要點:

1. 不做對方不高興的事
很多人明知對方會不高興,但是也要做做了之後便諸多隱瞞當若無其事,被發現了之後 either say sorry 要求對方原諒 or 對你說不想你不開心所以不告訴你。原諒了之後,重滔覆切,沒完沒了。既然你已經知道你所做的事會令對方不高興,那為什麼要做?假若你做了,去掩飾,希望可過到關,沒被發現的話,這個行為已經表現出你對對方的“愛”已經有所動搖,或是你怕失去對方的愛而有心隱瞞。不過就算你可以過多幾多次骨,你在做對方不高興的事,而你可過了骨而佔佔自喜的話,你問你自己會付出多少的愛?答案是你並沒有去愛,但自私地只想被愛。
有些人控制不了自己的情緒,發脾氣甚至去手打對方,事後說對不起要求對方原諒,這也不可能去愛, 你愛對方的活,你可忍心令他/她傷心?你可忍心傷害他/她? 你曾經在火花期傷害過對方嗎?

2. 不給對方壓力
很多時我們無意式地給了對方壓力, 包括不停地打電話,控制對方, 覺得自己付出了很多,期望對方可以回報些什麼,最簡單的如去門口時叫(X) 著“得未啊!” “快的啦!”。。。到
嚴重的“你不准飲酒!”“不准望女人/男人” 看似是一般男女都會發生的事情, 都是給予對方壓力的一種。至於那些常常口邊掛著“我為了你什麼什麼的人,其實期待在對方給他/她那種 “你多麼偉大呀” 的感覺。說穿了,還不是為了自己?!
e.g. “我為了你開了一個多小時車來看你。。。” 看似好像為了對方,但事實是為了滿足自己的"想見到對方"的渴望。所以開了一個小時車來見他/她想見的人。“我”為了你”這句話,好像很偉大,不但掩飾了自己的渴望,而且無意識地希望從對方得到什麼回報,亦成為了對方無形的壓力。

3. 不傷害對方的自尊心
思想還是不成熟的年代,總是多少有些意見不合,無論有任何爭執尤其是別人的短處。e.g. 你真stupid! 你真沒用!你懂什麼!你為何沒頭髮!你這沒腦袋的!。。。這些看似很普通但當事人聽入耳中又很不舒服的字句,日積月纍的話,便成了傷害感情的一個計時炸彈。為了一時之氣,留下將來永不磨滅的烙印,值得嗎?
幸福是自己掌握的、想要有開心美滿的人生,事必要從自己開始。



2011年11月9日水曜日

你懂得去愛嗎の2﹣愛的價值觀

愛與被愛是實在太幸福,幾乎每一個人也渴望擁有。但可惜現實生活中"愛"只可從電影中看到。我們現實的愛在"佔有"完畢之後已經落幕,要惟持雙方的關係必須把那份愛在未落幕前變成感情。

感情這兩個字,看起來好像很抽象,很搖遠,有些人的感情由家庭來連繫,不過大部份的人的感情也是由時間來延續,像一些老夫老妻,孩子長大了,一起生活了那麼多年,好好歹歹也是生活習慣的一部份,不去計較太多。當然你可以說很多人也是中年過後才離婚。因為他們並沒有把愛變成感情,雙方只是忍受或彼此逃避,最終也是離別的結果。

要被愛首先要懂得去愛,愛不是“龐”,不是任由對方想怎樣便怎樣,不是百分百的順從對方的要求,不是萬般忍耐,不是為對方付出,更不是佔有或是去控制對方,愛的主要元素是“專重”,有了這個專重,愛便可變成感情,而這個感情便可把雙方的心連繫,直到生命終結。


2011年11月3日木曜日

你懂得去愛嗎の1−男與女

剛相識的男女朋友,燃著剛燃點的煙花,火花燦爛得除了對方之外什麼也看不見,彼此把自己的最好表現出來,就連自己也差不多忘記了原來的自己。這個時候,彼此是自己心中最重要,最重份量的時刻,希望滆入對方的生活,什至滆入對方的過去,盡量佔有對方的所有。包括對方的空間,時間和身體。

就從“佔有”成為過去式的開始,這個燃點著的煙花便開始慢慢熄滅。也從這時開始,“男”or “女” 便出現了不同的反應,男的開始比從前少了“膠著”狀態,但相反地,女的開始比以前多了“膠著”狀態。就是男的愈不“膠著”,女的又愈要“膠著”,因為男的開始淡忘了那火花的同時,女的還是依戀著火花剛燃點時的膠著黏纏。這便是男與女的分別。

煙花終於燃點完了,連最後的煙也消失掉,這個時候雙方無意識地把真正的自己拿出來,比此已經多少了解清楚了對方之後,因性格不合,因不是我的選擇對象,因我不適合你 or 你不適合我....等等的種種理由就要分手另覓火花。還未分手的,就輾轉離離合合,可能是騎牛搵馬,可能是還沒有遇上更好的....可能是覺得可以改變對方,一拖又拖了三幾年。有些拖得久的,變成習慣,也不想改變習慣,就各自繼續尋找“真愛”直至被對方發現才分手。那些已成習慣,又沒有去愉愉尋找“真愛”,or 未被發現還有第三者的怎麼辦?到了結婚年齢的時候,便草草結婚吧了!不想結婚的,緒多理由一拖又拖了七八年。到時候才分手的couples, 女的變成剩女,男的反而變成鑽石王老五!不公平吧。是的,男和女是不公平的, 所以做女的要做一個有智慧的女人。女生或多或少一般也比同年齡的男生思想成熟一點,所以有機會的話找個大自己最少5﹣10歳的男人,你的幸福指數將會高一點。

2011年10月21日金曜日

與寵物為伴

從小便喜愛寵物。不請論是猫或狗或是小烏。最愛的是大型犬。
從有記憶開始便有最少一頭在身邊。

為何狗這種動物會變成人類的寵物?所謂寵物即是可以寵的東西。也是人們生活豐盛後的副產品。在這裡說的是一般豐裕平凡生活的人。當我們生活質素提升了之後,不需要擔心日常生活的狀態下,人便會多少覺得空虛和寂寞。就算身邊有朋友或親人,也想找個"寵物"去愛或去照顧。

也有很多人覺得小狗小貓很可愛、衝動下買了回家,當小狗小貓變成成犬成貓之後,不再可愛,便隨便遺棄。有些人買了寵物回家,才發覺自己沒能力照顧,包括付出的時間、收拾牠們的大小二便、清潔等等...照顧得久了便開始覺得厭煩,結果也是遺棄。這些人並不是因為想找個寵物為伴,只是滿足自己一時的好奇,為了自己一時衝動性的愛心泛濫,害了一隻所謂寵物但沒得寵的狗或貓或其它類別的動物。所以愛護動物協會常有濟迫的情況,沒人領養要安樂死的"曾經寵物"不計其數。

就因為人們不斷遺棄,愛護動物團體在各區也放置了寵物收容站。收集了一批後便發起領養運動,沒被領養的亦是同一個命運。這個對我來說只是治標不治本的辦法,遺棄得太容易只會更加助長人們去遺棄。與其花那麼人力物力去處理被遺棄的動物,不如花些時間去思想教育。如在小學課本中教育小朋友養動物不能遺棄、在社區中心發傳單、在媒體中宣傳、甚至罰款。立例每隻寵物也要領牌,(現在只是狗隻需領牌)。被遺棄動物有晶片,馬上知道主人是誰,遺棄便判虐待動物罪。

我相信這些治本的辦法比起那些什麼愛護動物團體的治標的辦法來得有效。有了思想教育加上法例限制,我相信被遺棄的寵物一定會減少。

養寵物之前必須給自己以下的心理準備:
1)要照顧牠一生一世
2)需要時間陪伴
3)需要接受牠長大的樣子
4)長期付出金錢包括食糧及醫療
5)是家庭成員之一

希望買寵物時要三思。




2011年10月11日火曜日

アラスカ


先月アラスカのアンカレッジに行きました。13年ぶりのアラスカは相変わらず綺麗で静かでした。青い空の下で秋の紅葉がさまざまな色に山を染めていました。
さらにハクトウワシは生き生きと空を飛び交って、アラスカの独自の美しさを増すようでした。 そして、私の一番好きな景色である氷河と氷山がありました。澄んだ海に真っ白な氷山がありのまま映り、まるで仙境みたいな所です。 アラスカでは春の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色や氷結まで、四季折々の美しい景色も観賞できます。でも、冬は日照時間が短いので、あまり観光客がいません。アンカレッジの場合、たった5時間しか日光が当たりません。ある地方は24時間ずっと真っ暗になるそうです。だからアラスカへ行くなら、秋が一番よい季節だと思います。









2011年9月8日木曜日

活在當下

“今天”比每一天來說都是最好的!
何解?
因今天的你可以掌管你今天所做的一切。
很多人活在“從前”,把從前的怨恨或悲傷帶到“今天”,
很多人擔憂“將來”,把未發生的憂累帶到”今天”。
把原本可以開開心心,績極的”今天”白白浪費,為了那以前發生過已無可補救的事實,為了那可能不會發生的未來的想象,把“今天”埋沒。不是太可惜嗎?

有多少的promise,多少的計劃, 可以一一準時完成嗎?
有多少次被女友埋怨沒有做到之前答應要做的承諾? 答案總是“不是不做,是未做”。
有多少次想帶家人去野餐或旅行?答案總是“下個星期才去”。
時間久了,這積累的計劃 或承諾也愈來愈多,已經記不起太清楚了。日子也是一天一天的過去,也是平常一樣為生活而活,一點也沒察覺到原來自已己經在不知不覺中被“從前”和“將來”包圍,掩蓋了美好的今天。

嘗試不要為生活而活,要為生命而活,這個人生就只有這幾十年的光景,無論是貧或富也可把自己擁有的“今天”活得精彩。不要埋怨自己的不幸,不要擔心將來。今天活得不好,那有明天?要懂得珍惜自己擁有的一切,你的“今天”便會變得更有沖勁,你的頭腦會更清色地把今天做好。那你的每一天便自然來得幸福。

為何英文的present有兩個解釋?1)現今, 2)禮物。
因為“今天”便是一份“禮物”。



2011年8月12日金曜日

2011年7月31日日曜日

20年ぶりのハワイ


ハワイはアメリカの州のひとつである。20年前、Honolulu とMauiに行ったことあるので、 今回の旅行はハワイ島へ。
ハワイ島はハワイ諸島で最大の島であることから、英語ではBig Islandと呼ばれる。あそこは活火山の二つがある。前回の噴火はつい4ヶ月前だけである。噴火が起きたとき、真っ赤な溶岩流が溶岩ドームから海に流れ込んで、周囲の海岸でも溶岩層に貫入していた。

娘たちと3人、Kona国際空港 から、レンタカーで一週間にハワイ島を回る。経由Kailua-Kona, Punalu, Kilauea-Volcano village, Hilo, Kohala, Waikoloa, 合計6都市を訪ねて、最後Kailua-Konaに戻る。
ハワイの太陽はとっても強いから、みんな日焼けして、真っ黒になってしまう。


2011年7月18日月曜日

バークリーでのアパート

娘は来学期からバークリーの大学に進学します。バークリーはカリフォルニアの北にあります。リバーサイド の家から車で7時間かかります。ちょっと遠いので、学校近辺のアパートを探さなければいけません。幸いなことに実家もバークリーの近くにあります。アパートを借りられるまでは両親の家に泊めます。
そして、ストレスなく毎日アパートを探します。


バークリーは大学区ですから、アパートも学生に向けて建設されています。アパートには小さな一人部屋と二人部屋のみです。一番小さな部屋はスタジオとれます。スタジオというのは居間と寝室の区別がなく、 台所とトイレも狭い部屋です。20平米なら、千ドルぐらいで、東京のアパートよりは安いと思いますが、アメリカだとこの広さでこの値段はとても高いです。娘はバス、または徒歩通学するつもりなので、アパートは狭くても、便利ならいいと思います。


、一週間で、だいたい30軒を見て、やっと気に入る部屋を見つけました。地下鉄の駅にも近いし、バス停もアパートの前にあります。キャンパスまでたった15分ぐらいで、便利な場所だとおもいます。
賃貸手続きが終わってから、家に戻ってバークリーの部屋に引っ越しする準備をします。





2011年6月30日木曜日

我が家のハチドリの赤ちゃん

庭のバラ樹で小さいな巣を見つけた。ハチドリの巣だった。たった1インチくらいの巣のなかに卵2個入っていた。小さいなハチドリママはいつも巣を守って卵をかえした。ハチドリは絶滅の恐れのある鳥だから、庭で巣を作ったのは、珍しいことだと思った。それに、一羽の雛が孵った日はちょうど双子の姉の大学の卒業式だった。そして、次の日また一羽の雛を孵した。その日は双子の妹の大学校卒業式だった。不思議な偶然だった。何か意味があるんだろうか....


羽のを孵した。また一つ卵。

次の日、二つの雛をみえる。

目を開けないまま食べ物を求める。

摂食している。

母は巣に座って雛を守る。


大きくなる。

もうすぐ飛べる。



ふたりとも元気に生きてるね。いつでもいいから遊びに来てくださいね.











2011年6月11日土曜日

娘達の卒業式


っとい間に、娘達は大学を卒業しました。赤ちゃ断片的な記憶をまはっ覚えてに、になってしまいました。
ないです嬉しいと感じきですか ちっとかりません。
娘達が急に大人になったは大学にってかです。
分で運転して、どこへも自きますし、自分達も自由にべます。
なにかべたいもがあれば、すに食べに行きます。きなをすぐに入れます。ど無駄遣いしても、ど贅沢しても大丈夫なように、口座にいでも使れないお金いています。
は娘たちを甘やかし過ぎているかもしれません。

して、姉妹人きりでらした四年間で、気付かないちに、子供達はも子供ではなくなっていました。私は突然に二人自由な世界に入って、多少3人とも変わらないにはいきません。もはや二人をまだ子供だとえることができないにいないといます。それに、大人としてって、友達たいになかくなります。

ぼんやりしていると....
いきなり、娘たちの名前が呼ばれました。二人は舞台に出てきて黒い卒業服姿で大学の校長から卒業証書を受け取りました。私に向かって笑いながら卒業証を振って、こおどりして喜びました。彼女達はまだ私の赤ちゃんではありませんか!







2011年5月28日土曜日

お兄さん

兄は私より二つ年上。今カリフォルニアの北部で家族と暮らしている。私の家から車で7時間ぐらいかかる。
有限元素の博士になってから、IT関連の仕事をずっとやっている。でも兄はITの人ではないと思っていた。子供の頃から、音楽が大好きで、15才の時にはうバンドを結成して、音楽コンテストにも応募した。今は子供3人のお父さんだけど、可能な限り一日3時間くらいはピアノ、またはギターを練習して、自分の音楽世界に夢中になっている。
兄はピアノもギターもとても得意だ。誇りに思っている。




2011年5月12日木曜日

年を取れば

老後はどうすればいいですか? 私にはたくさんの計画があります。定年後も働き続ける予定です。また、おいしい料理を作ったり、デジタル グラフィックを描いたり、ときどきオンライン ショッピングをしたりしていきます。 
 余暇には、米国東部と南部を RV で旅行するつもりです。 RVとはレクリエーショナルビークルです。 RVの車内は小さな家のようです。ベッドはもちろん、キッチンやトイレ、お風呂も完備。アメリカのいろいろなところに行きたいです。 

 そんな人生は素敵だと思いませんか?しかし、健康な体がなければどこにも行けません。お金が足りなければ何もできません。 そのため、健康を維持するために、塩分、砂糖、脂肪分、辛い食べ物を徐々に減らしていく必要があります。
また、お金の心配をしなくて済むように、今から貯金を始めて、毎月給料の少なくとも 30% を貯めておくことをお勧めします。そうすれば、年をとっても元気に暮らせると思います。

2011年4月27日水曜日

半百のお誕生日

あっという間に、”半百”年になる。
前半の人生を振り返ってると、なんて早いことだったのでしょう....
思い起こせば起こすほど心が落ち着ちついてきた。
人生の前半の半分は勉強、そして結婚、子育て、事業を始めてお金を稼ぐ。
大学を卒業してから、まだ2、30年の年月早かったけれど、こんな時が来るなん思ってもなかった。その時はどうにもならないことだろうと思ったから。でも、一日、また一日、チャンスをつかまえて、目標を目指して、仕事と家庭で夢中になれることを一生懸命やった。そして、気付かないまま半世紀が過ぎた。気がつく両親が年老いていたそれにしても娘たちは大人になった。
娘として、両親迷惑かけていない。いつも旅行に連れて行き、ときき一緒に暮らしたり遊んだりして楽しい。
親として、娘たちに正しい判断力や考え方などを教えて、自分の知識、経験、技能まで授して、研究生まで支えている。姉妹のように、何でも話しができて、一緒に成長している
仕事はいつも精一杯やっている。お客さんが私のデザインプロジェクトを気に入ってくれたら、仕事から満足感を得られる。定年退職するのはまだ早いと思うから、自分の好きな仕事は体かなくなるまで、ずっと続けるかもしれない


今まで、半百を過ごしたけど、悔いのない前半生だったと思う。
これから、本当の人生を始めようと思う。娘たちはもう大人になるから、自由な世界に足を踏み入れたい。行きたいところへ行って、やりたいことをやって、買いたい物を買って、体を大事にして、後半百をより楽しく過ごしたい。


人生とはそんなものだ。





2011年4月10日日曜日

成長の定義

成長とは何ですか? それは背が高くなるだけでなく、過去の経験から学び、知恵を向上させ、年をとるにつれて円熟することによって自分自身をより良くする方法です。 この円熟度は人によって異なります。 考え方によってかなり違います。 たとえば、アニメを見る人は必ずしも子供っぽいわけではありません。 そして、アニメを見ない人は本当に円熟しているとは思いません。 成長したいのなら、毎日周囲を観察し、他人の長所と短所から学び、日々少しずつ経験を積み重ねることで、さらに成長することができます。

2011年3月28日月曜日

たつ巻

日本で津波があるとき、アメリカの中部は竜巻がある。大幅の土地と住宅を空に巻き込んでしまった。そんな破壊まで日本の津波と同じと想像できないほどひどく悲しいものだ。


竜巻だけじゃなくて、地震とか、津波とか、ハリケーンとか...そしてまだ薬がないバイラス。毎年
百以上の人を天災で死んでしまった。


天災はとこでも命と財産を奪われた。でも、この地球がそんなことあるものか。豊の国はびんぼうな国よりもっとついていると思う。耐震ビルあるからこそ、マグニチュード9の地震があっても、最低限度な破壊力になる。もし同じのマグニチュード第三世界に起こったら、本当に想像できない悲劇んだかもしれない。

2011年3月19日土曜日

大震災

今日、日本の草津温泉へ行くつもりだったのに、先週仙台はマグニチュード9点の地震で、大きな津波になってしまった。仙台の海辺の町は大海で飲み込んで、だた十分間ビルとか、橋とか、もちろん人たちと車....なにも海に巻き込んでしまった。テレビで見ると最も恐ろしい場面だった。それに、福島の原子力発電所は津波で日本における最大規模の原子力事故である。多量の放射性物質が海と空気に放出されたそうだ。東京までも電源不足で電車の回数も減らして、店も住宅も給電の期間限定することである。


そんな時期はどうしても行けないと思っていた。日程表を全部準備したのに、飛行機券、旅館、一つ一つキャンセルしてはいけなかった。大事な友達の会う約束も台無しにしてしまった。


とにかく、日本の皆様のご無事を、速く回復するように心からお祈りしております


2011年2月22日火曜日

圧力

香港に戻ってからもう2週間なのに、銀行と会議するしか、とこへも行かなかった。毎日不安な気持ちに暮らして、明日は何になろうかといつも心配している。でも、明日なら、今考えたら、まだ早いかなと思う。将来のことはまた来るかどうかみんなよく分からない、そして、また何も起こらないうちにちゃんとリラックスしたほうがいい。
だけど、リラックスすればするほど、体の抵抗力が弱くなってしまう。毎日熱があるままふらふらにして、自分の話ことも覚えられない。何も興味がないし、とこへも行きたくない。それに、だれにも会いたくない。ただ自分を机に囲まれて、コンピュータで外の世界とちょっとつながるだけです。
これは、本当の私じゃないか....
でも、本当の私は一体どんなことかしら....
友達からみって、思想家だと思われるけど、そんなことじゃないと思う。まだ成長している私には、たくさん人生のことを勉強すべきだと思う。今までの私は、なんといっても、皆に羨まされて、素晴らしくて成功な女性だけど、私にとては、私は何もない。ただ、静かな海の中に小さいな船を一生懸命にゆれている...そんなものだけです。


2011年2月3日木曜日

ウサギの年

あっという間にウサギの年になる。私の一番大好きなウサギなんです。
いつからそばにいつもウサギ一匹いるのか?やく2003年の夏からだと思う。
そのウサギのおかけて私の人生をもう一度見つめ直した。自分の夢を持って、そして実現した。
この空の中に遠くをみることです。
それから、“私”ということなくなって、自己中心から解放させた。世の中に”私”はただちりの粒ほどの大きさしかない。あらゆる悩みことも”私”を一位に思えるからだ。


どうして私ともっと時間を過ごしない? (きみは本当にそんな忙しいの?)
どうして私を考えてくれないか?(やりたいことをやれない)
私はあそこへ行きたくない。(きみも行かないほうがいい)


自分の“私”を非常に持っているなら、相手に無形の圧力に付けられている。そして、気付くまではすべてが心から抵抗してしまった。結局、振られた。


“私”を捨てたら、他の人に最大な自由度を大幅に改善できることだ。家族にも、恋人にも、友達にも、自分の好きなものを変わらないように、みんな自分の個性に持たせて、戻ることを思わないてこの世界からの愛を楽しむ。

2011年1月20日木曜日

期待すること

人はいつも期待することがあると思う。昇級を期待して、友達の恩返しを期待して、恋人抱擁を期待して、両親の財産を期待して、子供に期待をかけて.....いろんな理由を持っていて、他の人になにか期待することがある。


この”期待”ということは、には、誤解の原因となるかもしれない。
Whenever you do something, try not to expect anything in return. In fact, those things that you have done mostly for your own sake, but then most people think that what they have done, what they have offered are mainly for others, they think that they are doing the big favor and expecting others will do the same in return.

eg. the guy is trying all his mighty to please the girl, buys her what she wants, brings her everywhere, drives all the way to her home just to pick her up, he thinks he himself is super romantic, he does all these just because of her, he is expecting that the girl should be greatly appreciated and at least to do something back in return. If the result is not what he is expecting, he will be so upset and depressed, feel himself the most pitiful person in the world.

analyze: the guy drives all the way to the girl's home because he wants to see her, the subject is HE himself, he did that to ease his own mind of longing to see her. The girl is the object, who he wanted to please, and has nothing to do with the guy's actions. but then the guy will mistakenly think that he is doing all these for her, just because of her, he drives all the way down here to meet her, so she should be greatly appreciated or at least give him a big big kiss or sleep with him for the night in return. The subject subconsciously puts his own will onto the object and places the responsibility on the object. When the object didn't react as he was expecting, then he became depressed, thinking that why he did so many things for her but then she was still not satisfied and not appreciated.
This kind of thinking is considered childish.

Whenever we offer something to others, we do it willingly, no one force you to, and no one asks you to. We can't think of doing something FOR somebody. In fact, you are doing it of your own will. You can't have any expectations of others, including the action of appreciation or people doing the same in return.

If there is such kind of expectation, better don't do anything at the very first beginning.

2011年1月3日月曜日

2011始めます

2010もう終わった。皆新世紀を祝う催しを開いて、新しい年を迎える。
2010年は私の人生の大事な年だと思う。20年前からアメリカへ移住していた両親には最後まで家族とみんな一緒にアメリカにいることが気に入る。
アメリカの生活は、香港よりあまり忙しくないけど、日々過ぎるのは、驚くてはやい。大きなSouthern California なら、12時間くらい運転したら普通なことだ。往復したら、もう3〜4時間になる。そして、交通渋滞、ただ高速道路に運転したら、半日がなくなってしまう。
でも、慣れたら毎日のんびりして楽しい日々を過ごす。
それに、両親のところまで、ただ7時間にかかる。両親がまだ元気のうちに一緒に暮らせれば幸せだと思う。両親はもう80才になるので、一緒の時間をちゃんと大切にしたい。