2007年12月25日火曜日

浮かれ騒ぎが終わると

毎年の年末もたくさんパーチィー、忘年会などの夜遊びがある。少女時代の私は毎度パーチィーに行ったら、なんか不明な孤独感に襲われて自分が酷く無力に思える気持ちだった。

多分がさついた雰囲気があまり好きじゃないかもしれません。パーティーでのやかましい音楽とか、みんな大きい声を出して、話したくないことも話したし、会いたくない人も会ったし、周囲に座ってた人は友達かどうか、何を話してたか、もうはっきり分からなかった。

ちょうど、クリスマス・パーティーから帰って、29才の友人がMSNでメッセージを残した。なんか退屈な気持ちは収まらないと言った。

若者は「自分」のことをまだ確認しない、なんの通り道に行けばいいのか。卒業からもう5年過ぎなのに、事業はまだ安定しなかった。言うまでもなく結婚する事は全然想像できなかった。どちらかと言えば、22才からの若者は仕事を続けてもどこに行き着くか分からないという不安を持ち始めてた。

だから自分のことを理解しなければならない自分の得意なことを探して、その通りに沿って続き、多くの時間をうんと節約するかもしれないと思う。

2007年12月16日日曜日

家具店がやっと開幕した。400平方メートルの空間はどうやればいいのか。ほんとうに易いことじゃないと思ってた。家具店の供給者のデザイナーを頼んで家具店の開幕式を設置してもらった。 プロだから、一二日間何もない家具店が高級な家具店になった。

この店は骨董の家具もあるし現代デザインの家具もある。有名な古木の特徴。酸枝とか、紫檀とか、黄花梨などの古木で作った。それに、150年前の窓を背景になって、なかに見ると昔の豪邸のような流派。個性的な店って、みんなからほめられた。

開幕の日は来た人が多かった。外は花で埋め尽くされ、花海になって、思わせるほどにぎやかな景観だった。
今からうまくいくことを祈ってるね。

最近いろんなビジネスをやってるな〜。ブログを書く時間もなくなってしまう!でも日本語を勉強するために、どう忙しくてもブログを書くようにする。

祝う花

家具店の一角

2007年12月10日月曜日

盆栽クラブ

ホンコン盆栽協会は60年代の建物といわれる。この協会は百人ぐらい団体を集まって、会員はみんな盆栽を自分でやって、木が大好きな人たちだ。会員の一人は2500盆栽を持っている。政府から土地を買って、自分の庭になって来る。そんな大好きな程度はいうまでもない。

十年以上訪れなかった盆栽協会が前より綺麗になった。秋になっても木が緑にして、陽気な雰囲気がよく出て来た。昔の気味なのね。
もしみんな大自然をずっと守ったらいいかなと考えてた。

ジャっピーちゃんも連れていたから、喜んであちこち走った。いつも緑の物を見るなら元気になるね。









ママはどこへ行くの

2007年12月1日土曜日

奠基慶典に出席

湖北で四合院の模範工場を建てるために、湖北の潛江という場所へ一晩に泊まった。潛江は湖北省の真ん中の町、まだ開發中。千万ホンコンドルを投資して六千人の工場を建てるつもりだ。中国の経済発展が思ってるより速いから、南での工場は3年後労働者の流失を予期してる。だから、南の工場を徐々に北の方に移転して計画をしている。

奠基慶典は中国の伝統的な習慣。主要な人たちが選べた時間に一緒に土を穴に入れることだ。建物を今から建てられる。意味は偉大な未来を有すると思う。

恥ずかしいけど、私は社長だから、みんなの前にいいことを発表しなければならなかった。すると、潛江市の市長と町長と他の部長と一緒に土を穴に入れた。初めでそのスプーンみたいものを持って、とても重いと思ってた。でも、どうしても、少しでも穴をいれようにがんばってた。最後はとてもうるさい祝いの花火を付けた。すごいな〜そんな経験。

以上の過程は中国の中央番組で放送してしまった。参ったな、私の中国語でのスピーチ!

獅子舞い

奠基慶典の「穴」

2007年11月23日金曜日

新しい32"LCDモニター

32"LCDモニター

ホンコンには一月一日から高清というテレビ番組を放送する。ちょうど書斎を改築してるから、音響システムもテレビも新しいのを換えたかった。そして、新製品のソニーのBRAVIA高清テレビを買ってきた。嬉しいことに52インチ型を買ったら、32インチのBRAVIA を贈り物にすることだ。いつもたくさんプログラムを開ける私はすぐこの贈り物をコンピュータのモニターにすると考える。

この32"LCDモニターはノート型パソコンより4倍大きい、4ページ一緒に開けても見られる。高清だから、小さいな字もよく見える。老眼になってもパソコンをできるな。映画のDVDを見ながら仕事をしても大丈夫。ほんとうにいいわよ。

2007年11月16日金曜日

Bauhinia の終結

サーバーの移動するのはもう一週間経てた。日常の仕事にやって、まだ移動しでない客さんを移動して続けていた。12年間にやっている会社は客さんみんな支えて、ほんとうに感心してる。でもこの事業は私にとってはもういいと思ってる。12年前の頃、この会社は初めてウェブデザイとホスティング・サービスの一つだった。今でも十年前の客さんの大部分を占めてる。でもこの事業はお金を取られるけど、成功感も、挑戦感もなくなってしまう。そして、他の商売を持っているから、時間が少なくなってしまう。新しいの防水工程の商売と比べるとちょっとつまらないと思う。それにしても、もしこの防水商売にもっと集中的に投入したらもっといいじゃないのとずっと考えてた。

そして、パートナーのおじさんが話し合って、結論はやめたほうがいい。ちょっと惜しいと思うけど・・・でも会社の名前を残して、ただ客さん達を他のホスティング・サービスに移譲した。これからIT の関係の終わり、一つ良いことが終わっても、それはまた別の良いことの始まりにすぎないよね。

2007年11月7日水曜日

悪夢

アメリカからホンコンに戻ったばかり。とても疲れたのにまだ寝られない。もう連日連夜休みなくで、仕事を続けた。目の下にくまができて、元気を出さなかった。
理由はアメリカでのデータセンターはサーバー故障なんの。

ホンコンでの1500お客さんはメールも取られなかったしウェブサイトもみられなかった。データセンターに質問をしてもいつ回復の答えも確認できなかった。そして、ホンコンに戻ったとすぐサーバーを移動大行動。

十年以上に使用してるサーバがいつでも問題がながった。今回の故障は会社の信用対してぜんぜんなくなってしまた。残念のことにいつ回復できるもわからなかったから、別のデータセンターを移動しなければならなかった。でも1500のお客さんなら、移動の時間がかかるから、まだ移動できなかったの客さんは電話を来て、そして、毎日会社での電話がいつでも鳴り響いていた。困ってる客さんもいるし、理解している客さんもいるし、人間の本性そのものだと思う。

今の世界はただ一二日にメールを取られないなら、こんな重大なことを知っているのだろうか。

2007年11月3日土曜日

生命の存在価値

生命ってなんのことなの?世の中に生活するのがなんのために?
宗教の信者なら、自分の霊魂を救うこと。でも、神様の理論は私にとっては現実じゃない。
今生きてる私達はどうやって生きていこうかと考えあぐねている。

アメリカに泊まってるとき娘達と暮らして、毎日学校に送って行って、迎に行った。そして、会議がないとき昼と晩ごはんも用意して、一緒に楽しくて生活した。母の重要な役目を感じながら自分の存在価値を見出し。

存在価値観は自分だけじゃなくて、人、動物、植物、しぶつ、例えばお金、理想、観念などでも、ほかの人々、ものから自我の確立をしていることだ。

東京では一年間2万以上の自殺事件を起こした。東京は一番多く独身の人の都市なんだな。一人暮らして、一人出勤して、一人食事して、多分生きる意味はただ毎日過ごすために考えることかもしれない。自分だけ考えれば存在価値がないと思う。それに、都市での圧力と無力感を覚えて、何もできないことを実感するかもしれない。自分の存在価値も自信もだんだんなくなってくる。

家庭を持っている人々は独身の人よりそんな考えることが少ないと思ってる。子供の世話をして、ワンちゃんの面倒を見て、いろいろな需要と供給両方が関係しているから、自分の価値をよく確かめると思う。多分人間はグループ社会なんのよ。

2007年10月27日土曜日

アメリカでの山火事

今朝7時から米国カリフォルニア州のサンディエゴに出発した。夕べ深夜娘のところに到着したのに、ただ2時間しか寝なかったから、すごく疲れた。
前日からアメリカに最も広い山火事があった。
この広がる炎は、カリフォルニア州のサンタバーバラとサンディエゴだけじゃなくて、アイダホ州、モンタナ州、ユタ州とテキサス州も広がって受けた。いくつかの影響を受ける地域に住む約100万人を家から追い出し、およそ147,000の土地を全焼させたそうた。

暴風が原因で炎を急速に広がった。その上、あの地域の乾いた草がたき付けとなり、制御不能の山火事になってしまった。

会議する場所はちょうどサンディエゴ、車で一時間半ぐらい。なんか途中に何か焦げたようなにおい・・・外に目を向けて、ほら~!両側の森が焦げになってしまった。前の緑山が焼け色の茶色になった。焼けた面積が驚く広かった。長い時間で鎮火させたけど、焦げたにおいを一掃しにくいと思う。その45分間の運転の中でも緑のものはちっとも見えなかった。焼いた森の大きさはほんとうに想像できなかった。

ラッキーなことに火事はもう鎮火されたから、アメリカでの活動は正常にしてよかった。

2007年10月26日金曜日

Pop-Upシステム

例年の展示会は明日からホンコン国際空港の隣の新しい博覧会場に開催される。今晩の夜便でアメリカへ行くのに、展示会のブースを飾れなければならない。去 年日本に泊まったときも展示会を準備するために一週間ホンコンに戻った。この新しい展示会場は去年のより3倍以上の大きさ。正門からブースまでかなり15 分の遠さ。ブースに来る人たちは多分ほんとうに品物を探してる人だと思う。

今年のブースを配置するものはPop-Upというもの。 Pop-Upって小さいのものからパッと大きくなるということ。だからこそ、ただ7人のミニバンだけで展示会の飾れるものを収納できた。去年の大きいな運 搬車よりもっと便利だし軽いし小さいし、ほんとうにすごい発明品のひとつ。それに、このPop-Upシステムはケースがある。Pop-Upシステムを全部 中に入れてスーツケースみたいに押して行ける。

ただそれだけじゃなくて、このケースはプレゼンテーション・ボックスのたぐい。会社の名前 とロゴのバナー広告を巻き付けて、ノート型パソコンを上に乗せる。
このPop-Up システムがあるからブースは一時間だけ出来上がる。よかったな。
早く家に帰ってアメリカに向けて荷造りしたほうがいい。


pop-up

大きいな亜洲国際博覧会

2007年10月22日月曜日

日本の影がある台湾

台湾に旅行したとき、どこか日本と似ている気がして、懐かしさを感じた。例えば、日本のそぼろどんと台湾の魯肉飯。広島のお好み焼きと台湾の蚵仔煎(蚵仔って牡蠣だ)。日本のもちと台湾の麻櫡(もちとのように発音される)。日本人の下駄と台湾の木屐。

台北から九份までの途中の田舎を通ってる景色は、なんか修善寺に行ったときの見たことと大体同じ。川に小さいな半円形橋を架けている。それに、そこの家も日本の田舎の家と似ている。

驚くことに、運転手のおじさんは「おばあさん」って店での年取った女に呼び掛けていた。「おばあさん」は日本語じゃないか?どうして台湾でも日本語を話してるの?

運転手に聞いて日本の歴史を学んた。第一次世界大戦の前、日清戦争の時、日本軍が台北を占領、半世紀ぐらい台湾を50年間もの長い統治されたそうた。あ~、なるほど。

2007年10月19日金曜日

一人旅2の台湾

この前広島に一人で旅行してから、今回は二回目。週末は3連休だったから、いきなりの決定して、少なくとも10年ぶりの台湾へ行った。目的はコンピュータ本を買いたかったんだけど。

ホンコンにはただ輸入する本しかないから、初発行のコンピュータ・プログラミングの本は全くない。でも新しいソフトウェアをはやく学びたかったから、すぐ読めたらよかったと思った。それにしても、台湾まで飛行機で1.5時間しかなかった。本を書くついでに久しぶりの台湾に観光してリラックスできると思った。

空港に着いてから、予約した運転手が出口で迎に来てもらった。この運転手は先日娘達が台湾に旅行したとき知り合った人なんだ。ホテルにチェックインしたら、すぐコンピュータ本屋に出発した。そして、台北の一番大きいな本屋へ、買いたかった本はたくさんあって喜んでた。あそこで3時間ずっと本を読んでベストの冊を選びたかったから。結局11冊を買っちゃった。

台湾人も日本人と同じ本が大好き、台北には本の町がある。あそこの店は全部本屋さん。台湾の本は中国のよりもっと良い。品質もいいし内容も綺麗。私にとっては台湾の漢字も読めやすい。さらに、値段にも安い。こんな気楽な買う気持ちがほんとうに勝てなかった。

翌日、同じの運転手に頼んで台北の人気な観光地へつれてもらった。車で一時間ぐらい九份という場所に到着した。たぶん台北の近所と思って、海が見えるところだった。長い廊下の両側に伝統的な台湾の軽食とお菓子の店がいっぱいある。廊下の末は山の上になって、海がよく見える。綺麗な海洋はいつでも私の一番大好きな大自然の美。知り合った人がいなかったから、子供のように台湾しかない食べ物をほおばりながら歩いて楽しかった。

次の観光地は野柳という場所。そちらも海の隣。綺麗な風景と特別な形態の石が有名である。でも、風浪が大き過ぎだから先月あの観光客が波にのみ込まれたことがあったそうた。大きいなキノコのような石は千万年の前に海から徐々に上昇して、太陽と風雨の浸食されて、いろんな形が変わったものだ。一番有名な石は女の顔みたいな石だった。大きいな石は側面の女性の頭。高さは約4、5ミドルぐらい。有名だから、写真そ撮った人が多かった。いうまでもないが、私もたくさん写真を撮ったよ。

台北戻ったらもう夜七時、ホテルの隣の地下街で晩御飯を食べてから、また本屋さんを訪れた。自制心がないようにまた11冊を買った。全部で22冊、荷物がものすごく重くなってしまったけど、とても満足したよ。


大きいな奇岩怪石

女の顔

大自然な魅力

海水の力量

スリッパみたいな石

大好きな海

台湾の檳榔(ビロウ)、苦いそうだけど、人気がある。

檳榔の店、緑と青のネオンの特徴。若い女がミニスカートをはいて、檳榔を売る。檳榔西施(ビンロウシースー)と呼ばれる。

2007年10月15日月曜日

上海蟹

杭州から帰った同士から60個上海蟹をもらって楽しかった。たくさんあるから明日友達を招待する積もりだ。
一番いいの上海蟹は杭州の洋澄湖からのだ。大きくて美味しいそうだ。
毎年の十月から十一月までも上海蟹の季節、洋澄湖からのは一番高い、平均ひとつ3500円以上と思う。一番大きいのは7000円ぐらいと思う。高いけど一年一回食べられて、大丈夫だと思うよね。日本に住んだときも中華料理で上海蟹を食べたけどあまり美味しくなかった。たぶん本物の上海蟹じゃないかもしれないな。
とにかく、明日少なくても五つ食べなくちゃいけないよ。

上海蟹は冷たい環境で生きてるから、ぬらしたタオルで冷蔵庫に包んで置いた。

え~これ・・・なに??

2007年10月12日金曜日

シロアリの巣

この家に引っ越してから10年過ぎ、庭が大きいからシロアリがあるはずだと思ってった。だからこそ、シロアリが家屋に侵入しないように毎年一年四回殺蟻剤を散布するのがいままでの防除方法。なのに、最近大きいな木が突然黄色になって、葉が落ちてしまった。根を清掃したと80%の根がなくなってることに気付いて驚きた。やっばりシロアリだね!

シロアリが気になるから、シロアリ駆除業者に家のどこでも的確な診断して頼んだ。びっくりしたことに書斎のテレビ棚の後ろに直径2.5メートルなシロアリの巣が発見してしまった。シロアリが見たことはなかったから、好奇心をそそた。よく見るとシロアリの口が頭より大きいなはさみなんだ。硬い木材と床を食べるも不思議ではない。棚はあまり被害しなかったから、この巣はただ二が月ぐらいと言ってた。多分最近隣の家が改築したから、新しい巣移転したと思う。だけど、殺蟻剤を散布したのに、そんな大きいな巣と共同生活してしまった。あ~怖いな!


大きいなシロアリの巣

たくさんシロアリの赤ちゃん

2007年10月6日土曜日

寝る姿勢

うん~そんな!



















あ~ベンジーちゃんも?











2007年10月1日月曜日

国慶節

国慶節とは国の祝いことと思ってる。この日は毛沢東により中華人民共和国の成立が宣言された日。1949年10月1日に天安門広場にて、中華人民共和国の建国式典が行われ、それから10月1日を「国慶節」と定めたことになった。

ホンコンには国慶節が1997年の前はなかったけど、中国の支配権を戻ったから、いままで10年間、毎年も国慶節の休日がある。私にとっては国慶節はただ休みの日だけ、何も感じがない。国って私の心に存在しないかもしれない。

98年から娘達の中国語を勉強するためにホンコンに行った。子供ごろからずっとカナダで生活した私にとってはホンコンっておもしろくて素晴らしいところと思ってた。中国人なのに、成長した場所の違いから生活習慣も考えることもホンコン人と違い。さらに、天気も空気も違い。最初の半年にはかなりたくさん異文化の問題が起こってた。その上、中国語はあまり上手じゃなかったから正しい言葉を使えず、いつもバカみたいに笑われた。中国人なら、必ず中国語を勉強しなければならないの目標をあきらめなかったから、どうしても娘達が中国語の学校の勉強をやらなくちゃいけないこと と思ってた。そして娘達は4年の中国語学校に通い始めた。

4年間の勉強、あっという間に経ってしまった。娘達も私も中国語が上手になった。でも、中国語が上手になっても、中国人の気味が感じできなかった。自分の国の感覚もちっとも感じ取られなかった。商売のためにホンコンに落ち着いたから、娘達二人だけカナダに戻って、英語の教育にこだわり続けた。

残念なこのに、英語がどう上手になっても中国人の顔、中国語がどう上手になっても中国人の異なるしゃべり方。国って、なに?

2007年9月26日水曜日

中秋祭り

旧暦八月十五日とは秋の季節の真ん中ということ。この日の月が特に丸くて大きいといわれてる。毎年のこの日、真っ黒お空に月をさがして、本当に丸い月が空にかかて、空が明るくなってくる。

中秋祭りは中国の大切な伝統の一つ。この日には月餅が食べられるし、色とりどりのちょうちんを持って公園に散歩するし。伝統的な月餅にはハスの練り物と塩辛い卵が入っている。普通のは塩辛い卵2個、一番たかいのは塩辛い卵4個入ってる。すごく油っこいから一人には一つ月餅を絶対食べきられないと思う。現代的な月餅にはグリーンピース、ナッツなどさまざまな詰め物が入って、一人分のミニサイズを登場した。それに、子供族のためのアイスクリーム月餅もある。

さらに、年長者や上司に感謝の意味を込めて月餅を贈る習慣があるから、毎年の中秋の前に月餅の商店にとっては年中の一番収益の高いそうだ。でも月餅はただ中秋の前だけ買えることだ。八月十五日に過ごしたら、来年まで跡を絶えるようにどこにも買えない。

月餅に加えて地域社会の一大イベントの火竜舞が行われる。火竜って、火を付けてる線香でドラゴンのような顔が作られている。火竜を空に振り回して火竜舞ということだ。

私の中秋の活動はジャッピーちゃんと一緒にちょうちんを持って家の庭に行ったり来たりして、明るくて丸い月をじっとして、だれかなにか懐かしく思ってた。


ちょうちんが暗闇で光ってる

ベンジーちゃんもちょうちんを遊びたいの?

塩辛い卵一個が入っているミニ月餅

きれいな火竜舞

線香がいっぱいあるから、ちょっと危ないなあ

2007年9月23日日曜日

葬式

先日親友のお母さんの葬式に参加した。
ホンコンの葬式には特別な葬式場で選べた葬式によって行っている。葬式って、キリスト教とか仏教とか神道とか密宗などがあり、値段と要する時間も葬式次第である。一番簡単のは無宗教葬のことだ。お葬儀費用も節約し、親友も邪魔しない。

いつも葬式に参加しないあたしは今度義理おばあさんの世間体のために、行かなければならなかった。

私にとっては葬式は本当に意味がないことの一つ。ただ他の人を邪魔することだと思ってる。死んだ人がもう死んじゃった。どういう風景の中でも死んじゃった。死んだ人の家族はもう悲しすぎるかもしれない。そんな悲しい状況に誰でも何もしたくない。何もうまく対応できない。
しようがないことに、伝統の風習に従うから、みんな同じのことを続けて行ってしまう。

一方、葬式は、死んだ人を最後の会うことといわれる。でも会いたがったらまだ人が健康なときにするものじゃないの?死んだら、会うかどうかもう意味がないと思う。後人を邪魔しないように死んだら何も残しないほうがいいと思う。尊敬することはただ心にいるならもうずいぶんだと思うのだが。

2007年9月17日月曜日

静かになる

一月半の中に娘たちと毎日会えた。一緒に遊んで、一緒に食事して、一緒に寝た。時時事務所にも来て簡単な仕事を手伝ってもらった。

今朝娘たちを空港に送れていったら、ちょっと静かになって、なんかなにかなくなった感じ。大学2年生になる娘たちはもう成長したと思う。考え方も大人っぽいし、すべきかについて良い決定を下す。本当に手がかからないって子供だ。

娘の将来は今まで考えたらまだはやいけど、自分の将来はどう?今の私は何もあるし幸福な顔を見られると思ってる。もっと何かほしいなの。次の夢は一億ドルがあれば半分を慈善基金、施設に寄付するようにする。その日まで頑張って、この人生の終わりまで、ずっと意味があって生きてる。

ママ姉はとこ?

自由に座って、気持ちいいなぁ~

2007年9月10日月曜日

ベネチアン・マカオ

午後からヘリコプターで久しぶりのマカオへ旅行した。むすめ達にとってはとても面白い旅だった。今回は初めでマカオへ行くことだ。今年は18才になって、カジノに入れるから。

泊まったホテルは真新しいベネチアンホテルだった。マカオにのベネチアンホテルがラスベガスのよりもっと大きい。今までただ三分の一の場所だけを開けたけど、もうちょっと大き過ぎると思う。北口から南口まで15分以上にかかると思う。大きいなホテルのなかにカジノだけじゃなくてショッピングセンターとかレストランとか・・・広場と川もついてる。まるでイタリアのベネチアンのSan Marco広場を室内に移った。川が三つがあるけど、今一つだけをゴンドラを漕いで使用することができる。ゴンドラに乗るために列に加わて、川で往復して10分ぐらい乗った。ゴンドラを漕いでる外人と話をかけて、イタリアからのイタリア人だ。イタリア歌を歌いながらゴンドラを漕ぐ。時間がちょっと短いけど、楽しかった。

外のベネチアンにはロマンチックな感じ、イタリアと同じなタワーと大きいな川、橋・・・とこでも写真を撮られる景色。

イタリアより半分小さいゴンドラ

大きいな室内広場、いつでも明るくて、午後11時でも

マカオTower

世界遺産の大三巴